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2007.05.22 Tuesday |  | - | - | - | 

新庄選手にみる引退哲学

 「今シーズン限りでユニホームを脱ぎます。」
自由で才能溢れる彼の発言や行動には、いつも驚かされます。

 「人のやらないことをやる」
 新庄選手の持つパイオニアスピリットが大好きな私も、今回ばかりはさすがに
さびしい気持ちになりました。
 しかし一方で、彼のビジネスマンとしての選択にとても感銘を受けたのです。


 西洋ではもともと考え方が狩猟的・動物的なため、「条件の良いところに移動する」ことが伝統的に評価されてきたそうです。
会社勤めにしても、同じ会社で10年も働き続けるのは「他に行く会社が見つからないからだ」とか「転職するだけの能力がないからだ」と見られることもあるといいます。「年功序列」がないため、昇給するには転職するか他のポストに社内応募するしかない、年齢にかかわらず、出世・昇給するためには実力に頼るしかないということです。
 一方、転職を受け入れる会社もつねに良い人材を探しているので、入れ替わり立ち代り、社員が変化していきます。こうして人々は「動物的な感覚」で仕事をするのだそうです。

 そう考えてみると、海外のスポーツ選手などが頻繁にチームを移籍したりする理由も、そこにあるのかなぁと感じます。


 さて、ビジネスにおいて、「引退」と「退場」二つの道があります。
それらの違いとはなんでしょうか?

「いつ引退するか」は自分の決断です。会社勤めしている人や自分で事業をしている人も、どこかで決断しなければなりません。
しかも、「引退」とは自分で計画して決定するもの。体力も、意欲もあり、なおかつ人生を十分楽しめるだけの基礎体力も温存していなければなりません。
「使い物にならないから」と一方的にリストラにあったり、「年老いたから」引退し、引退後を病院のベッドで過ごすのでは身も蓋もないということです。

 タイミングとしては、資金的な余裕ができ、体がまだ丈夫で、気力も知力も充実している時こそが、引退のときといえるでしょう。年齢や会社の定年とも関係なく、自らの意思と計画によって、周到に用意されたタイミングが「引退」です。
 たとえば35歳や40歳で引退する人もいれば、70歳80歳になっても引退できない事情の人もいます。
「引退」するのは、働かなくても生活ができるようになったからで、若ければ若いほど「早い成功」を意味します。

 これに対し、もうこれ以上働けないという肉体的・頭脳的・能力的限界が来てから辞めるのでは、これは「引退」ではなく「退場」です。「会社が辞めてくれと言ってくる年齢まで会社に残っているのは、失敗である」と考えるべきではないでしょうか。
 なぜなら、それから第二の人生を考えるのでは、自由で豊かな人生を望むことは難しくなるからです。

 これからの人生を考える上で、引退のスケジュールを人生プランの中に取り入れることは大変重要だと思います。

 私は40歳になる前に「引退」しようと決めています。かといってまったく働かないというワケではなく、今の仕事を趣味でやっていくつもりでいます。そのため、40歳以降の事業についての様々な構想を今綿密にたてながら、タイミングを待ち、その日のための準備を整えているところです。

 人生プランの設計という点では、新庄選手は誰よりも先を見据え、次の夢を叶えようとしているのかもしれません。
2006.05.13 Saturday | 03:44 | comments(0) | trackbacks(0) | Rich Dad,Poor Dad | 

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2007.05.22 Tuesday | 03:44 | - | - | - |