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2007.05.22 Tuesday |  | - | - | - | 

告知までの3日間(2)

 そう固く決意したものの、そのわずか1分後、苦痛に顔をゆがめ、横になる母の姿を見るなり、私の決心は無残に崩れ去った。私は子供の頃から泣き虫だ。小さい時によく泣く子は大人になると強くなる、ってよく言われたものだが、私は情けないほどに何も変わってはいない。
「お母さん、大丈夫…?」涙を拭いて、寝ている母にそっと声をかけた。
「……なん、…あんた帰ってきたとね……、わざわざ来んでもよかったとに…」
「うん、お母さん、家のことできんやろ?変わりに私がしようと思って、お義父さんとお義母さんに言うて2,3日休みもらってきた」そう母には言ったものの、本当は義父母からは当分の休みを貰っていた。

『余命3ヶ月』、そう聞いた義父母はきっとこれが最期と思ったのだろう。
『お母さんに悔いの無かごと一生懸命してやりなさい。こっちは何とでもやっていけるとやっけん』そう言ってこころよく送り出してくれた義母に私は心から感謝した。
でも今まで連休も取れなかった私が、何ヶ月も実家に戻ることを知ると、母に逆に不安を与えると思った。だから、そのことについては告知のあと伝えることにした。

「…そうね……、ゴメンね迷惑かけて……」それから母は、昨夜からの症状や病院でのこと、痛みの具合などをぽつりぽつりと時間をかけて話してくれた。
 夏ごろから感じていた腰の痛みと咳、秋になってからはやけに疲れやすく、早めに家事と仕事を終え、家で休む日が多くなったことなど、振り返ってみるともっと早くに異常に気づくべきだった。
「でも何やろう…、肺炎やろうか……」母はまだ自分の病気を知らない。
「お母さん、今体温はどんくらい?」
「今日病院で計ったら35度2分やったよ」
まずい、低体温はあらゆる病気を招くと言われるが、ガンは特に低い体温を好む。これほどまでに母の体温が低いとは思わなかった。通常健康な人の体温は36度5分。まず今できることは、母の体温を健康な人のそれに近づけることだと考えた。
「ちょっと体温の低かごたんね、体温の低かとは病気の元やけん、上げるごと頑張ってみようか」
 母の手足は冷え切っていた。私が最初に始めたのは〔足ツボマッサージ〕だった。これは朝、昼、晩の1日3回行うようにした。足ツボを毎日マッサージすることで、その日の母の体のどこが不調なのか、徐々に分かるようになっていった。いろんな本に目を通していくと、あらゆる原始的に見える治療での効果が以外に早く、高いことを知った。
そして〔爪もみマッサージ〕。これは、免疫治療で薦められている家庭でも簡単にできる方法のひとつだ。手足の爪の付け根の部分を少し強めに10秒ほど押し、しばらく離す。それを何度か繰り返して、他のすべての爪も同じようにする。これを1セットとして、1日に何度も施した。母にも、爪もみくらいはできるだろうから、毎日自分で何度でもやるように言った。
そうして母の体温を1日3回必ず計るようにした。
「あさって病院で結果ば聞くけん、それまでなるべくいろんなことやってみようね」
「でもなんか怖かごたっ。ガンとか言われたらどがんしゅう…」
「まあ、聞いてみらんとわからんけど、結果の分かれば、対処の方法ば考えるだけたい」

 告知までの3日間、私にはやることが山積みだった。兄のところに戻り、これからの治療法について二人で話し合った。私は家から持ち帰ったたくさんの本を出し、1冊1冊簡単に説明し、兄に渡した。
 まず、その中で最初に手にしたのが「免疫革命 安保徹著」。正直、この本と出合ったことは今後の治療に大きく影響した。この後、この本に導かれたかのような出会いが生まれたからだ。そして、そこに書かれた免疫療法は、今後のあらゆる治療のベースとなった。
 次に、細井睦敬医師の本。これは、1年ほど前この方法に近いやり方で末期ガンから回復した、ある学校の先生(Mさん)の話をご本人から聞いたことがあったからだ。そのときの彼はとても未来に希望を持った、きらきらとした顔をしていた。だから、彼のその後についてはすぐに調べる必要があると思った。
正直言って、細井先生の本などは薬事法に触れるという理由で、以前から非難する声もあったのは事実だ。しかし、一方でその方法で回復した方がいるのもまた事実だ。人の噂には惑わされない、自分の手で確認したい。そこで、私の以前からの知り合いで、Mさんを私に紹介してくれたFさんに電話をし、その方の今の病状ややり方を聞くことにした。しかし、彼から話を聞いたのがほぼ1年前。期待もあったが、正直なところ不安も多かった。果たして彼は今も生きているのだろうか?

 やはり、私の不安は的中した。Fさんからの答えは私の期待と外れたものだった。
今年の初夏、彼は残念ながら亡くなっていた。そのことに失望しながらも、私はFさんに掘り下げて聞いた。すると彼は私が驚くことを口にした。Mさんはガンで亡くなったのではないというのだ。ガンが縮小してきていたのは事実だった。そして、Mさんの死因は「腎盂腎炎の悪化による敗血症」だった。
  ……?彼はガンで死んでない……?
私は絶望の中にも、わずかな光を見出そうと必死だった。

「彼は体調が良くなってきたもんだから、調子に乗っちゃって無理しすぎたんだよ。僕もそれを聞いたときはショックでしばらく落ち込んだよ。でもどうしてそんなことを聞くの?」
私は今の母の状況をFさんにすべて話した。Fさんも母のことをよく知る人だったから、大変心配してMさんの取った治療法についていろいろと調べてくれた。
Mさんは3度の手術の後、去年の夏再発、末期の膀胱ガンだった。ちょうどそのころ、Mさんは細井先生の情報を聞き、細井先生に直接電話して、必要なサプリメントの一覧をFAXしてもらったらしい。彼の場合、そのうちの5割程度は同じものを使っていた。
NW製品のマキシモル、ノニジュース、リベノール、VMM、などなど。
「まずは病院の診断結果を聞いて、それから細井先生に連絡してみたら?後で僕が連絡先を調べてメールするよ」
ひとまず細井先生の治療法は保留にして、別の今できる方法を探すことにした。

そして兄は渡した数冊の本を一晩ですべて読み、治療の可能性がまだまだあるということを知った。




 
2007.02.18 Sunday | 21:06 | comments(0) | trackbacks(11) | 家族で挑むガン闘病記 | 

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2007.05.22 Tuesday | 21:06 | - | - | - | 









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